アメリカの企業がこのような家族の事情に配慮をするようになったのは、ごく最近のことである。
長時間労働やそれによるストレスをそのままに放置しておけば、生産性の低下となって結局は業績に跳ね返る。
他方、それに配慮した人事政策をとれば、モラルが向上し、職場の人間関係をよくする。
会社のために「頑張る人間」をふやすことになる。
Kさんの話を聞いて、なぜワ−クライフバランスの導入に企業が関心を示しているのか、わかったようにおもった。
日本の企業がこれを導入するにあたっては、自分自身の組織文化や背後にある価値観をもう一度見直すことが必要になっている。
日本の会社のなかには、仕事を優先するのが当然という価値観が支配的である。
つい最近、ワ−クライフバランスについて考えるシンポジウムに行った。
その出席者のひとりが、病児保育のNPO法人フローレンスの代表をしている駒崎弘樹氏である。
病児保育とは、子どもが病気になり保育園で預かってもらえないときに、一時的に子どもを預かる保育サービスのことである。
いま日本で働くお母さんがもっとも望んでいるサービスでありながら、保育領域のなかでも社会的取り組みがもっとも遅れているといわれている。
自分自身が切実なニ−ズをかかえるわけでもない独身の彼がなぜ病児保育のNPO法人を立ち上げたのだろうか。
母親がベピ−シツターをしていたもっともお気に入りの顧客がある日突然解雇されてしまったことがきっかけなのだという。
解雇の理由は、子どもの突発的な病気で仕事に穴をあけてしまったことにある。
そのときに駒崎氏は、「本人の責任ではなく、子どもの病気というやむをえない事情で仕事を休まざるをえないひとを解雇する、そういう社会に自分は住んでいるのか」と、大きな衝撃を受けたと話していた。
自分が小さいときには、子育てをサポートする地域社会があって、自分の母親が働いていたにもかかわらず、同じ団地に住む女性が自分の世話をしてくれた。
日本には、自分が小さいころにあった子育てを助け合う地域社会はもうない。
それならばそれを自分で作ろう。
そう考えて、このような若い人の発想も新鮮に感じるが、同時に、こういったエピソードのなかにも、仕事を優先することをよしとする日本社会の価値観を垣間みるおもいがする。
二一世紀は、無意識に受け入れているこのような価値観に気づき、新しい時代にあった価値観を受け入れていく努力をする時代になるのではないだろうか仕事と私生活のバランスがとれた社会を実現するにあたって、政府の役割も重要になっている。
政策の優先順位も見直される必要があるからだ。
これに関連して、ニューヨークタイムズ紙に、アメリカの経済学者、クル1グマン教授が興味深い記事を書いている(「ニューヨークタイムズ」、二OO五年五月二九日)。
どういう優先順位にもとづいて、政策が立案されているのかが、そこに住む住民(国民)の生き方を左右しているというのだ。
アメリカの長時間労働の文化をフランスとの比較でつぎのようにのべている。
アメリカ人は、ヨーロッパの固に比べ自分たちの方が経済パーフォーマンスにおいて優れていることを疑っていない。
最近のOECDの報告書によると、たしかに一人あたりのGDP(国内総生産)を比較すれば、アメリカの数字はフランスを上回っている。
時間あたりに換算してみると、フランスの方が高い。
このことは一体何を意味しているのか。
フランスの労働者の方が、時間あたりの生産性が高いということなのだ。
たしかに、労働時聞が長い分、全体の総生産額はアメリカの方が多い。
その分フランスの労働者は週あたりの労働時聞が短く、有給休暇が多い。
つまり、フランス人は報酬をお金ではなく、時間によってもらっているともいえるのである。
別の見方をすれば、アメリカとフランスの違いは経済のパーフォーマンスにみられるのではなく、何に価値をおいて経済が運営されているのか、その国の優先順位の違いにあるのである。
クル−グマンはさらに続ける。
たしかに労働時聞が短ければ得られる所得は低い。
消費水準も必然的に低くなる。
そのような選択が可能なのは、フランスでは学校の運営が国費によって賄われているので親の負担が少ないこと。
また、全国民が加入する医療保険制度があるので、いざとなったときには保険がカバーしてくれるという安心感があるからである(アメリカでは医療費が払えなくて破産宣告をする家族すらいる)。
どちらの方がより賢明な選択をしているといえるのか。
最近の研究によると、国ごとの労働時間の違いを決定しているのは、国がどのような労働時間の規制をしているのか、その規制のあり方によるところが大きいという。
それによって、ヨーロッパのひとびとは、家族や友人と過ごす時間を楽しむことができる。
労働時間の短い固に住むひとほど幸福だと感じているひとの割合も高い。
アメリカの保守政権が家族の価値を強調するのであれば、フランス人の家族観を学び、それを経済政策に反映させてみる努力をしてはどうだろうか。
ワークシェアリングはなぜうまくいかなかったのか少し話が外れるが、このエッセーを読んで、なぜヨーロッパでワ−クシェアリングがうまくいって、イギリスやアメリカや日本ではうまく機能しないのかがおぼろげながらわかったような気がした。
ここでいうワークシェアリングとは、労働時聞を短縮して雇用機会を維持・創出させることに章よって、雇用されている労働者と失業者とのあいだで仕事を分かち合うことをいう。
終日本では二OO二年に導入が検討され、それにむけて政労使が合意したが、あっという聞に関心がさめてしまった。
アメリカやイギリスでは基本的に長時間労働の文化があり、労働時間の規制がない。
アメリカには労働時間の規制そのものがない。
背後には、新たに労働者を雇って雇用をふやすよりも、同じ労働者に長い時間はたらいてもらった方が、人件費が削減できる構造がある。
ドイツ、フランス、オランダ、イギリスの四カ国の労働時間に関する政策の違いをみたものである。
ドイツやフランスやオランダでは、労働時間の短縮によって雇用を増やす政策が取られている。
その実現に向けては、オランダは政労使の合意によって実施しているのに対して、ドイツは労使協定によって、また、フランスでは政府が主導して時短が実施されている。
イギリスでは、企業の自主的なワ−クライフバランス施策の導入を政府が後方から支援する形で、長時間文化を変え、働きやすく家族が育てやすい社会を作る努力がされている。
また、日本では、次世代法(次世代育成支援対策推進法)が施行され、従業員三O一人以上の企業には働き方を見直すための行動計画を策定し、提出することが義務づけられた。
イギリスと同じように、政府が企業に働きかけて、ワークライフバランス施策の導入を促進している。
ここに共通点がみられる。
また、ヨーロッパの他の固に比べてイギリスやアメリカでは教育費や住宅にお金がかかることである。
しかも保育所などのサービスを利用するに際して、政府の援助がほとんど受けられない。
そのために、とくにアメリカでは、子どもがいる世帯で、良質のフルタイムの仕事があれば、子どもの教育費などのために、両親ともにフルタイムで働くことを選択しやすい社会になっている。
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